固定配置と自由配置
概要
小節中で韻が登場する位置によって異なる点を考察する。
固定配置
先頭や末尾など、小節の定位置に韻を配置するオーソドックスな方式。
特にラップにおいては、各小節の末尾に韻を並べる脚韻がメジャーである。
固定配置では一定間隔の音響的な反復が起こるため、意図したリズムを読者に伝えやすいが、その反面単調さが生じやすい。
固定配置の例
シーン空前 いまだ無冠ノータイトルで
シックスセンス持った ミュータントタートル
持久戦 おれ ガラパゴスゾウガメ
じき優勢になる 原っぱコース上
SIX「八マイルは遠すぎる」
この歌詞に登場する韻を3種類に分類すると、下記のようになる。
- 「シーン空前」「シックスセンス」「持久戦」「じき優勢」(頭韻)
- 「無冠ノータイトル」「ミュータントタートル」(脚韻グループA)
- 「ガラパゴスゾウガメ」「原っぱコース上」(脚韻グループB)
自由配置
韻の配置を自由に(不規則な位置で)行う方式。
配置時の縛りがなくなることで表現の幅は広がるが、反復による心地良さに欠ける場合がある。
自由配置の例
どっかのオークションじゃ買えないさ
コイツは一生もんの種蒔いた 方眼紙ノート
SIX「artificial flower」
分類すると、下記のようになる。
- 「どっかのオークション」(自由配置A、頭韻相当)
- 「コイツは一生もん」(自由配置B)
- 「方眼紙ノート」(自由配置C、脚韻相当)
音響面における比較
固定配置は単調
規則的に配された韻が生み出す効果は、良くも悪くも“単調さ”に尽きる。
決まった響き、決まった音数が反復的に奏でられる構造は、読者に心地良さをもたらす。
その一方で、退屈さにもつながりやすい。
自由配置は反復感が弱い
規則性を放棄した自由配置の韻は、見方によっては、グルーブ感・リズム感を失った劣化版の韻ととらえることもできる。
筆者は、この規則性や反復性こそがライミングの中核を成す要素と考えているため、固定配置をより好んでいる。
演出面における比較
自由配置には意外性がある
自由配置の韻が優れているのは、その予測不可能性である。
韻の位置を推測しやすい固定配置と異なり、自由配置ではどこに韻が埋まっているかすぐには発見しづらい。
別の表現をすれば、ある言葉が登場したときに、それがライムフレーズなのか(後で踏まれる言葉なのか)が分からない。
結果として、まったく予想しなかった部分が“韻だった”と気付く面白さがある。
極端な話、韻を踏んでいることにさえ気付かれないケースもあるだろう。(別記事「時間差ライムと時間差再開ライム参照)
固定配置で意外性をもたらす方法
固定配置でもそのような趣向は不可能ではない。
脚韻と脚韻のあいだに登場した“一見は繋ぎに見える言葉”が、後の小節の同位置において(伏線回収的に)踏まれることにより、韻だと明かされる――といった手法が考えられる。
しかしこれは稀少な例。
あくまで固定配置の韻は、一定間隔でシンプルに配されることが特徴である。
“好きなタイミングで踏めるからこその意外性の演出”は、やはり自由配置ならではの武器といえるだろう。
まとめ
以上のように、使われる韻(ライムフレーズ)が同一であっても、それをどのように配置するかという部分でセンスが問われる。
これを韻の編集力という。
(文/SIX)
from 韻韻
「八マイルは遠すぎる」といえばSoundCloudアップロード直後に削除されたことで有名だね
変更履歴
2017.7.7
- 新規作成
2018.11.25
- 公開用に清書
2018.11.28
- ライムブログにて公開
2023.11.29
- 押韻島地下城への再録にあたり改稿